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公的表現としてのアートと市民社会の関わりを問うシンポジウム「東九条・アート・公共性」を開催【国際社会文化研究所】

2026.03.06

東九条の劇場から、アートがひらく公共の地平を考える一日。


2026年2月18日、京都市南区東九条の「THEATRE E9 KYOTO」にて、龍谷大学 国際社会文化研究所の研究プロジェクト※1主催シンポジウム「東九条・アート・公共性」を開催しました。本シンポジウムは、新たに「公共社会学」を掲げて始動した本学社会学部教員らの研究活動の一環として実施されたもので、アートが帯びる「公共性」と地域社会との関わりについて、多角的な議論が展開されました。

※1 研究プロジェクト:「複合危機と公共社会学の課題」(研究代表者:清家竜介・社会学部准教授/研究期間:2024〜2025年度)
▶イベント実施概要 | ▶プレスリリース(2026.02.04配信)

開会挨拶に立った清家竜介准教授は、社会学部が2025年度に深草キャンパスへ移転し、「市民社会を対象とするだけでなく、市民との対話を通じて共に考える学問」を理念として掲げていることを紹介。本シンポジウムは、その理念を具体化する試みであり、登壇者と参加者がともに開かれた対話空間を形成する場として位置づけたいと述べました。

会場:「THEATRE E9 KYOTO」(京都市南区東九条)
シンポジウム会場風景

【第1部(基調講演)】創造はいかに生まれるのか――劇場・森・寺院

第1部では、3名の基調講演が行われました。
THEATRE E9 KYOTO芸術監督・劇作家のあごうさとし氏は、『100年の劇場 新しい公共としての民間劇場』と題し、寄附や協賛金を基盤に2019年に設立された同劇場の理念と運営の現状を報告。新しい価値を問いかける実験的作品の制作を支える場としての劇場の意義を強調し、「作品をつくることは、まちをつくることでもある」と語りました。劇場を持続させること自体が、地域に文化を定着させる公共的実践であることを共有しました。

京都市立芸術大学 理事長兼学長で美術家の小山田徹氏は、「未来のあたりまえを創造する」「わからなさと友達になる」という同大学のスローガンを紹介。芸術は即時的な成果や経済効果とは異なる時間軸で未来社会に問いを投げかける営みであり、「疑義」こそが社会の発展に不可欠であると述べました。そして、この「疑義」や「模索」というものは、「対話」を生み出す起点になりうるものだとして、芸術家の創作の試みを“モゾモゾ”という表現で紹介しました。

また、2023年10月、京都市西京区沓掛から京都駅東部エリアへと移転した京都市立芸術大学の周辺で再開発が進む状況に対し、「100年の森」を構想する提案※2を例に挙げ、芸術が社会に対して“美しい引き算”を提示しうる可能性を示しました。
※2 関連報道記事:朝日新聞「京都駅前の再開発 商業アートはもういい 「百年の森」こそ未来へ」(2025年12月7日)

龍谷大学理事長の入澤崇名誉教授は、『アートの力 仏教芸術への誘い』と題して講演。異文化接触地帯であるガンダーラ(現在のパキスタン西北部)で生まれた仏像や、中央アジア(現在の中国・新疆ウイグル自治区)のベゼクリク石窟壁画など仏教芸術の事例を紹介し、異文化交流が新たな創造を生み出してきた歴史を振り返りました。また、アジアの寺院の歴史を見ると、かつては文化発信拠点であり、祝祭や芸能、芸術の舞台であったことを踏まえ、「他者を尊重する文化が“和”を生む」と語り、現代社会への示唆を提示しました。

【第2部(講演)】アートが社会に問いかけるもの――地域と再開発のはざまで

第2部では、アーティストの山本麻紀子氏と、本学社会学部の村澤真保呂教授が登壇。山本氏は、土地の記憶や樹木の継承をめぐる長期プロジェクトについて紹介し、アーティストが地域との関係性をいかに丁寧に編み直していくのかという、アートと地域社会との接合に関する独自の視座を共有しました。

村澤教授は『アート、大学、ジェントリフィケーション』と題し、都市再開発とアートの関係を社会学の視点から検討。ジェントリフィケーションとは、フランスでは「ブルジョア化 embourgeoisement」、英語圏では「都市浄化 urban cleansing」と言い換えられるように、端的に言えば、「行政と大資本による地域生活空間の再編」を意味します。村澤教授は、再開発が進む京都駅東南部エリアもこのジェントリフィケーション問題の一つとして捉えられる可能性があると指摘。ジェントリフィケーションとアートの関係性について、代表的な事例としてNYのSoHoエリアや大阪・釜ヶ崎「西成特区構想」などを紹介し、アートが都市のブランド化に利用される側面があるのではないかと疑問を呈しました。地域と共に在る大学もまたジェントリフィケーションの一要素となりうるという自己批判的視点を示しつつ、対話を媒介に理念や利害の対立を乗り越える公共機関としての大学の役割を問いかけました。

【第3部(ディスカッション)】対話がひらく可能性――公共性をめぐる応答

第3部のディスカッションでは、これまでの講演内容をふまえ、6名の登壇者が今回のシンポジウムのタイトル「東九条・アート・公共性」に即して、議論を展開しました。アーティストと地域社会の関わりや京都で仏教(芸術)が紡いできた歴史、土地の記憶や思いの伝承など、多様な論点が提示されました。とりわけ、①創作の試みへの期待、②市民社会における対話空間の重要性について、活発な意見交換が行われました。

まず①については、小山田学長が第1部講演で用いた“モゾモゾ”という創作の試みを示す表現に応答する形で議論が深まりました。入澤名誉教授は、「社会変革を担う若者の育成についても、大学では常に“モゾモゾ”と模索を重ねている。ただし、一人で考えると観念的思考に陥りがちであり、多様なステークホルダーとの対話や連携が不可欠である」と述べました。これを受けて清家准教授は、「社会において、こうした“モゾモゾ”した動きがないと価値転換は起こらないのかもしれない。だからこそ、言葉にならないものを表現するアートには固有の力があるようにも思う」と、アートが社会に新たな地平をひらく可能性への期待を示しました。

つづいて②については、本シンポジウムを劇場で開催した意義が改めて共有されました。清家准教授は、劇作家の平田オリザ氏が提唱する「劇場=市民社会の学校」という理念や、古代ギリシャの劇場が市民教育と政治的対話の中心を担う公共空間であった歴史を紹介し、「演劇は最古のアートのひとつであり、現代の民主主義が揺らぐ状況においても、市民に共通の対話空間を提供する大切な要素となるだろう」と述べました。これに対し、あごう氏は最古の喜劇作品(古代ギリシャ喜劇)が政治風刺を含むものであったことに触れ、「喜劇は常に現在進行系の問題を扱ってきた」と応答しました。また、小山田学長は現代社会において劇場運営には経済的困難が伴うことを認めつつ、「それでもなお演劇文化を継続することに意義がある」と強調しました。

多様な立場から交わされたこれらの議論は、地域を起点に、アートを媒介として公共性を再考する場そのものが、すでに一つの実践であることを示すものとなりました。

第3部(ディスカッション)実施風景

閉会にあたり清家准教授は、開催にあたって寄せられた「地域には言葉にしたいと思っていても、うまく発言できない人もいることを心に留めていただきたい」とのメッセージを紹介。本学社会学部がめざす公共社会学は、人々と問題を共有し、対話をしながら一緒に考えていく実践を重視しており、今後も可能な限り、声にならない声にも耳を傾けながら「開かれた対話」を続けていくと抱負を述べ、本シンポジウムを締めくくりました。

本シンポジウムは、アートを通じて地域や市民社会との関係を問い直すとともに、参加者それぞれに「公共性とは何か」を改めて考える契機となりました。